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このページに戻るときは、ブラウザの「戻る」ボタンでどうぞ。 〈ヨシノさんの身に何が起こったのか〉 ヨシノユギさんは、2003年から通院を始めた大阪医科大学附属病院(以下、大阪医大)でGID/性同一性障害と診断され、2006年5月20日、同病院にて乳房切除手術を受けました。その結果、左縫合部の全壊死・右縫合部の一部壊死という状態になり、今も治療のために通院を続けています。 術後約一ヶ月の間、病院側は精神的なケアを提供するどころか、患部の悪化を訴えるヨシノさんを週1回の診察のみで放置しました。そのためヨシノさんは、体の一部が腐っていくという状況に一人で耐えざるをえませんでした。更に病院側は、ヨシノさんに対して 「もう壊死している。皮膚移植をすればよいから深刻にならなくてもいい」 「患部はミイラ化している」 「多少の失敗があっても前進せざるを得ないのが医療」 等の言葉を投げつけたばかりか、必死の思いで書いた質問状に対しても拒絶の態度をあらわにしたのです。 一連の経緯をかえりみる中で、ヨシノさんと私たちは、この壊死の原因は医療過誤ではないかという疑いを持ちました。また大阪医大側の対応や、各科の連携ミスによって必要以上の痛みを負わされたのではないかとも考えています。ヨシノさんは、自分の身に降りかかる苦痛を少しでも軽減したい、このまま放っておいては別の当事者も同じ経験をしかねないという思いで、大阪医大を相手に裁判を起こす決意をしました。 〈何が問題だったのか〉 入院から現在に至るまでの大阪医大側の対応で、私たちが指摘したいのは以下のような点です。 1、事前に何度も話し合い、納得の上で決定した手術方法とは違う術式を、突然前夜になって提案してきたこと。 2、診察・口頭・電話で、術前と術後の複数回にわたって壊死のリスクを確認した際、形成外科主治医は「ほとんどない」「リスクとして想定しなくてもよい」「もう壊死はない」と断定したにも関わらず、両側の縫合部に壊死が起こったこと。 3、形成外科主治医は、患部の治りが遅れていることやヨシノさんの大きな不安を知っていたにも関わらず、通院回数を増やすなどの選択肢を一切提示しなかったこと。また別の医師は、壊死診断のショックにより過呼吸発作を起こしているヨシノさんを目の当たりにしながら、一切のケアをしないまま診察室を追い出したこと。 4、術前と術後を通して、精神的ケアをまったく提供しなかったこと。精神科主治医は、ヨシノさんがいつ入院したかさえ把握しておらず、1月に行われたMTF(Male To Female)手術一例目の際に提供されたような入院中の精神ケアを行わなかったこと。 〈問われるべきGID医療の現実〉 性同一性障害(GID)とは、「心の性」と「体の性」の不一致により、身体に対する違和や嫌悪を感じたり、生活上の不利益が生じたりする、一連の症状をさす診断名です。 この症状は、1996年から埼玉医科大学倫理委員会で検討され、翌年に日本精神神経学会が作成した「性同一性障害に関する診療と治療のガイドライン」に沿って診断・治療されることになりました。そして、1998年に埼玉医科大で国内初の性別適合手術がおこなわれました。同治療には、カウンセリング・ホルモン治療・外科手術による性器形成などがあり、当初から医療費負担や体への負担の大きさ、精神と身体の医療の連携などが問題になってきました。現在は、札幌医大・埼玉医大・岡山大・大阪医大・関西医大などが、性同一性障害のガイドラインに基づく「正規の」治療をおこなっています。 しかし、そこには様々な問題があります。GIDに対して安全で正当な医療を提供できているか、それを問うていく必要があります。スタッフの数さえいればそれでよいのでしょうか、各専門科がそろっていればよいのでしょうか。問題は体制だけではなくその内実、そして患者の「生の質(クオリティ・オブ・ライフ/QOL)」に根ざした医療だと考えます。 |