裁判に関する資料 > 通院開始からの年表

ヨシノさんの診療経過をまとめた年表です。
通院を開始した日からストップした日までの日付、またその日の主な診察内容・ヨシノさんのとった行動などを記載しております。
全ての内容を記しているわけではありませんので、その旨ご了承ください。


※経緯をわかりやすくまとめたマンガもあります。→ こちら   





   受診日   
内   容
2003年2月4日
(ヨシノさん20歳)
精神神経科(ジェンダークリニック)受診
乳房切除等の身体治療を望んで大阪医大精神神経科を受診。
2003年2月10日ジェンダークリニック受診
2003年4月24日ジェンダークリニック受診
2003年5月16日心理検査
2003年6月5日ジェンダークリニック受診
2003年7月3日ジェンダークリニック受診
2003年7月31日ジェンダークリニック受診
2003年10月16日ジェンダークリニック受診
2003年11月6日性同一性障害と診断される。
2003年12月25日ジェンダークリニック受診
2004年2月5日ジェンダークリニック受診
2004年3月18日ジェンダークリニック受診
2004年4月22日ジェンダークリニック受診
2004年7月29日ジェンダークリニック受診
2005年11月28日ジェンダークリニック受診
2006年3月24日適応委員会にて、ホルモン治療及び乳房切除手術の認定がおりる。
2006年4月3日形成外科受診
乳房切除手術に関する説明を受ける。
胸のサイズに合わせて「大きく切る」手術を行うと説明を受ける。壊死のリスクについて確認を行うが、「簡単な手術である」と回答される。
2006年5月1日形成外科受診
手術の術前検査。この際も、やはり「大きく切る」手術であると説明される。
2006年5月19日入院
手術の説明及び、「小さく切る」術式への変更を打診される。
ヨシノさんがリスクの可能性と(特に壊死について)、術式変更によるリスクの変動を確認するが、医師はそれを否定。
傷痕も少なくて済むと説明されたことから、「小さく切る」術式の選択をする。
尚、出血量・手術時間についても確認をおこなったが、それぞれ、「100cc」「2時間程度」と説明を受ける。
2006年5月20日入院中
手術を受ける。
出血量は300cc・手術時間は4時間20分となるなど、説明を大幅に上回った。
2006年5月21日入院中
2006年5月22日入院中
ガーゼ交換時、ヨシノさんが初めて手術部位を見る。
右側乳輪が黒いと感じたため、壊死していないかどうか確認したが、「血が付着しているため」と回答される。
2006年5月23日入院中
2006年5月24日入院中
ガーゼ交換
再度壊死の可能性について尋ねるが、否定される。
2006年5月25日入院中
2006年5月26日入院中
2006年5月27日
(術後1週間)
退院
主治医からは、何かあったらいつでも連絡するように言われる。
(後日ヨシノさんは5/28、6/4、6/9に電話をしたが、主治医本人には一度も連絡がつかなかった
退院後はヨシノさんが自宅での消毒やガーゼ交換を行った。
2006年5月28日電話
患部左右の色調差に気づき、形成外科に電話。
当直医より次回診察(5/31)で診せるように言われる。
2006年5月31日形成外科受診
ヨシノさんは、患部からの出血・浸出液が多いこと、左側乳輪の色がかなり黒いことを報告。
医師は、むしろ右側がピンク過ぎるくらいなので、左側はその色調で落ち着くのではないかと言う。
しかし、左右の色調差が明らかであったため、ヨシノさんは左側がかなり黒いのではと質問すると、医師は「男の人の乳首は黒いのでそのようなものではないか。確かに治りは少し遅いので抜糸を1週間延ばす」と返答される。
ヨシノさんはここでも壊死の可能性について尋ねたが、「しない」と言い切られた。
2006年6月1日自宅にて
自宅でシャワーを浴びていたところ、左側患部の黒い上皮がめくれ、中から白っぽいものがあらわれた。
2006年6月4日
(術後15日)
電話
ガーゼ交換時に、右側縫合部の右上部の縫合が外れ、1cm×1cmくらいの穴があき、中から白色がのぞいていることに気づいた。
ヨシノさんは形成外科に電話。
この時も当直医による対応で、処方されている薬を塗り、5日に外来受診するように指示されたのみであった。
2006年6月5日形成外科受診
患部からの出血・浸出液は多い状態が続いていた。
ヨシノさんが右側患部の縫合部がとれていることについて、再縫合しなくてよいか尋ねた。
医師は大丈夫だと回答。
中に見える白い部分について尋ねたが、新しい皮膚が盛り上がっている部分であり治ってきていると言われた。
2006年6月11日形成外科受診
ガーゼ交換時に、右側の縫合部分の穴の拡大が止まらないだけでなく、左側縫合部分にも一部穴があいたことを確認したため、時間外外来を受診した。
当直医は穴が広がっていることを認め、写真撮影のうえ、自分では判断できないため12日に主治医の診察を受けるよう指示。
ヨシノさんは主治医に確実に連絡をしてほしい旨を申し出た。
2006年6月12日
(術後23日)
形成外科受診
午前中に重要な用事が入ったため、受診が遅れる旨を病院に連絡した上で受診。
主治医は午後に他病院出向のため、初めての医師に罹ることになった。そのためヨシノさんは、経緯説明のための写真と術後経過を持参し当直医に提示したが、医師はそれには目を通さず、ヨシノさんを仰臥させて患部を見るなり、「ああ、もう壊死している」と述べた。
左側の黒い部分は既に壊死しており、今後どこまで壊死するかは様子を見なければわからない旨、右側も一部は壊死している旨を述べた。 また、ショックで過呼吸を起こしたヨシノさんに対し「そんなに深刻になることじゃない」と述べた。
2006年6月13日電話
ヨシノさんは精神科主治医への電話をした。
この際、形成外科と精神科での連携が取られていなかったことが判明する。
2006年6月14日形成外科受診
壊死の原因について、また手術や事前説明が妥当であったのかについてやりとりをする。
壊死による感染リスクがあったため、しばらく毎日通院して患部の消毒を行うこととなる。
2006年6月15日形成外科受診
精神神経科受診
 以下、患部の消毒や、壊死部分(右乳輪)の修正手術などに関してのやりとりが行われる。
2006年6月16日形成外科受診
2006年6月17日形成外科受診
2006年6月19日形成外科受診
2006年6月21日形成外科受診
2006年6月23日形成外科受診
2006年6月26日形成外科受診
2006年6月28日形成外科受診
2006年6月29日精神神経科受診
2006年7月3日形成外科受診
2006年7月7日形成外科受診
精神神経科受診
2006年7月8日形成外科受診
2006年7月10日形成外科受診
2006年7月12日形成外科受診
2006年7月15日形成外科受診
2006年7月16日右側壊死部分除去完了により再縫合
2006年7月17日形成外科受診
2006年7月19日形成外科受診
2006年7月21日形成外科受診
2006年7月24日形成外科受診
ジェンダークリニック運営委員会に出席を希望し、対応の不備や連携のミスについて指摘する。ジェンダークリニック責任者(精神科部長)より、「壊死の原因については確認し報告する」との発言。
2006年7月26日形成外科受診
2006年7月31日形成外科受診
2006年8月7日形成外科受診
2006年8月16日形成外科受診
2006年8月23日形成外科受診
 ジェンダークリニック運営委員会出席からこの日までの間、何の連絡もなかったばかりか、主治医による再建の説明等も不確かに二転三転したため、このまま治療を受け続けられる状況にないと判断。病院長宛に「質問状」を作成、送付する。
2006年10月2日質問状の回答が複数回遅れ、病院側との齟齬がますます浮き彫りになったため、約1ヶ月半通院をストップする。この日、最後の形成外科受診。




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