裁判に関する資料 > 大阪医大の医師について/発言ダイジェスト



〈当コンテンツについて〉

 この出来事についての理解をより明快にし、他のコンテンツを読まれる際の参考にして頂くため、ここでは、ヨシノさんの一連の治療に携わった医師について簡単に列挙します。
 時系列に沿った経過については、
「簡易年表」をご覧ください。

 なお、ここでの医師の名前については全て、
本来の名前と全く異なるイニシャルを、アルファベット順に当てはめたものです。
 また混同を防ぐために、その医師の施した処置や期日、発言の一部を附記していますが、それらは代表的なものでしかありません。
 前後の流れについては、「簡易年表」や「医師とのやりとり」などで、ご確認くださるようお願い致します。 
 附記している医師の発言については、重要なもの(時間の経過や、こちらの質問によって大きく変化した主張/質問状に対する回答と、医師の見解との間に矛盾が生じている部分など)抜粋したものです。その一部分のみをクローズアップして、医師個人を攻撃する目的で掲載するものではありません。
 発言については、本人と同伴者(1〜2名)がいる場合が多く、またそれぞれが詳細なメモをとり、その日のうちに文字に起こしているものです。文末表現は簡素にしてありますが、内容の正確性はかなり高いと考えています。
 以上をご留意のうえで、以下をご覧頂くようお願いします。


〈医師の紹介〉
 A 医 師 精神科主治医 
 B 医 師 形成外科主治医 
 C 医 師 形成外科医 
 D 医 師 形成外科医 
 E 医 師 形成外科医 
   ※各医師の名前をクリックしていただくと、以下の解説へジャンプします。


◆A医師
 大阪医科大学附属病院勤務医。2003年初頭の初診より、精神科主治医。
2006年3月28日、本人に、判定委員会(その患者に手術療法を行うか決定する委員会)通過の電話連絡をし、形成外科と泌尿器科の受診を指示する。
それ以来、同年6月13日に本人が電話をするまで、直接の面談を持つことはできなかった。

◇ 発 言 ◇

2006.6.13/ヨシノからかけた電話にて
 「ヨシノ君がいつ手術し、いつ退院したかも把握していなかった」
 「術後の状況については、今朝、形成の方から連絡を受けた」


2006.6.29/面談にて
 「2006年1月のMTF(Male To Female)の手術の際には、入院中に病棟を訪ねた」
 「精神と形成の連携ミスについては、確実にこちら側の手落ち」
 「大学病院のシステムは未だに縦割りで、ジェンダークリニックの患者の情報を、
  異なる診療科の医師同士が共有しあえるシステムはない。
  今、受付やカルテを一律にしようと相談中だが、今のところは医師同士で連絡を
  取り合うしかない。
  今回、ヨシノ君の入院予定日については連絡が来ていたが、その後、決定の連絡
  がなかったため、事前に把握することができなかった」




◆B医師
 大阪医科大学附属病院勤務医。形成外科主治医であり、今回の手術の執刀医。
埼玉医大病院での研修、執刀医経験(20例程度)を経て、大阪医大ジェンダークリニックにおいて乳房切除手術を担当。本件の手術については、左側を執刀(その後、縫合部の全層壊死)。
2006年4月3日初診。術前、計3度の診察の中で、乳房サイズを2度計測し、「逆T字に大きく切る手術でやる」と複数回説明。しかし手術前夜になって、「小さい術式でも執刀可能」と説明。
術前から術後を通じて、本人からの度重なるリスクの質問や、壊死の可能性の質問を、一貫して否定し続けた。
同年6月14日、患部壊死の診断を行う。

◇ 発 言 ◇

2006.4.3/診察にて
 「壊死の可能性はほとんどない。リスクとして想定しなくてよい」
 「簡単な手術。1月のMTFの事例と違って、一般的な形成外科手術の経験
  があれば執刀可能な手術だから、他病院の医師を招聘する必要はない」


2006.5.19/術前最後の説明にて
 「それで、術式はどうしますか」
 「小さい手術でもギリギリで執刀可能な範囲」
 「どちらの術式でやっても、リスクは一切変わらない。それにやはり、
  大きく切る手術でやると、乳房の存在を想起させるような傷跡が残りますよ」


2006.5.20/術後すぐ、待合室の家族に対して
 「想像していた以上に乳房が大きかったので、丁寧に縫合していたら時間が
  かかってしまった」


2006.5.31/退院後、初の外来診察にて
 「もう壊死することはない」
 「左右で色調差はあるが、男性の乳首の色はこんなもの」


2006.6.14/正式な壊死診断の際、本人からの質問に対して
 「確かに、『壊死はない』と言った。覚えている」
 「もしかしたら、テンション(縫合のひっぱり)が強すぎたのかもしれない」
 「反省点がある」
 「怖がらせてもいけないと思って、壊死のリスクをほとんどないかのように
  説明してしまった」




◆C医師
 大阪医科大学附属病院勤務医。形成外科医であり、本件の手術においては、右側を担当(その後、乳輪の壊死)する。
実際に乳房切除手術を行った経験は1例のみであり、C医師が執刀するためにはより熟練した医師を指導に当てるべきであった。



◆D医師
 大阪医科大学附属病院勤務医。形成外科医。
退院後に患部が回復しないことに不安を覚えたヨシノさんが電話をかけた際、及び救急外来を診察した際、対応した。
診察時はヨシノさんが撮影していた患部の写真を見せながら変化について詳しく説明をしたが、簡単な処置をするにとどまり、不安感に対しての対応はしなかった。

◇ 発 言 ◇

2006.6.9/電話にて
 「自分ではわからないので不安なら外来に来てほしい」

2006.6.11/救急外来受診にて
 「本当だ、広がっている」
 「自分では判断できないので12日にB医師に診察してもらってください」




◆E医師
 大阪医科大学附属病院勤務医。形成外科医。
6月12日に初めて壊死の診断を行う。
ヨシノさんを診察するのは初めてであったにもかかわらず、ヨシノさんが準備していた患部写真や術後経過には目を通さずに、患部が壊死していると告げた。
終始ヨシノさんの精神状態には何ら配慮することなく、ショック状態であったヨシノさんを診察室から連れ出し、放置した。

◇ 発 言 ◇

2006.6.12/診察にて
 「ああ、もう壊死している」
 「そんなに深刻になることじゃない」
 「皮膚移植すればいい」





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